「久高島」ってどんな所??



       

 
 

 

・沖縄県としての「久高島」

沖縄県南部、知念村から東へ約6キロの海上に、沖縄の中でも特別な存在の島であり、人々から「神の島」と呼ばれている久高島があります。

隆起さんご礁でできた島の周囲は約8キロ、徒歩で二時間半もあれば1周できる程の山も川もないペタンとした細長い楕円形の平た豊かな自然にも恵まれた島で、大型台風のときには高波が島を超えていくこともあるそうです。

島にはガジュマルやビロウ、シャリンバイなどが作る小さな森がいたるところに御嶽(うたき)となって点在しており、その御嶽には多くの神々がまつられていると言われています。
島内は観光開発がほとんどされず集落は昔ながらの静かな雰囲気を残していますが、聖地をまわるにもほとんど標識はありません。

そして特筆すべきは「土地」。島の土地は総有制であり、個人所有ではありません。
島民は字から土地を借りて、家を建て、畑を耕します。
久高島の土地は字の共有財産で、個人には使用権が与えられます。久高島にこれだけの自然、文化が残ったのは外部資本が入ってくるのを守るこの制度のおかげかもしれません。

・「神の島」と言われるゆえん

久高島には、琉球の島々の創成神・アマミキョ(女神)とシネリキョ(男神)の兄妹が海の彼方のニライカナイから降臨し、五穀を初めて伝え、島の中央にあるクボーの森(聖地)を作り、やがて首里まで登って王朝を開いたという開闢神話が伝えられています。
本土と久高島の間の海底には深い溝があり、海流が速、波がとても荒いため、王朝時代は船が幾度も難破し、本土側にある琉球最大の聖地、斎場御嶽から久高島を拝む(国王拝礼)が行われるようになりました。
このあたりにも「近寄りがたい島」と言われる由縁があるかもしれません。

沖縄本島・離島・奄美諸島には古来から「ユタ(神人)」と呼ばれる民間の巫女・シャーマンが存在しますが、久高島には、民間に対するシャーマンである「ユタ」に対し、 神々や祖先などをまつり、神祭りなどを行なう公的な存在「ノロ」制度が琉球王朝時代からしかれていました。
そして、琉球最高の「ノロ」にも勝る霊力を持っているのが、久高島の「ノロ」でもありました。

代々、血縁によって受け継がれる「ノロ」は久高島においても絶対的な存在であり、
この全ての神女の中心である「ノロ」が、イザイホーでも重要な役割をはたします。

日本には、古くから天孫光臨伝説が残されています、最初に神々が降り立ったのは、九州というのが一般的な説だそうです。
久高の伝説では、それよりはるか昔に島の北端、カベール岬に、地上を治める最初の神が降り立ったことを伝えており、沖縄本島を経て九州の地へと神々が渡ったのは、それより遙に後のこととされています。

このように「日本のルーツ」とも言われ、そこかしこに「神」の存在を感じる久高島ですが、現在は高齢化が進み、神々の魂を継承する神女の人数も数えるほどになりました。
しかし、途絶えていた伝統的イラブー漁が復活したことにより、祭祀を運営しその見返りとしてイラブー採取、薫製の権利を与えられていた村頭(ハッシャ)がおよそ10年ぶりに復活するなど、祭祀の立て直しも期待されます。


           

        「イザイホー」って??     「ニライカナイ」って??