マイメロディ・shizuの語ならべ 

 
 

2007・12月

沖縄紀行その2

沖縄紀行その1

「ハイビスカスとお寺」

さて、師走ではございますが
前回に引き続き「沖縄紀行」をおととけいたします。
・・・「神の島」への一人旅。

「久高島」には「イザイホー」という12年に一度行われる儀式がありました。
島で生まれ育った女性は「神人」
男性は「海人」となることが定められており、
「イザイホー」は「神人」になるための神聖な儀式だったのです。

しかしその「イザイホー」も島民の減少により
継承者ものぞめないという理由で
1978年を最後に現在では行われていません。
この最後の儀式は、各メディアも来島し、盛り上がった反面、
様々な問題もはらんだようです。。。

「青く深い海です」

さて。
ここは周囲8キロほどのこじんまりした島ですので
レンタサイクルで巡るのが一般的だそうです。
レンタカーなどはありません。
私も自転車を借りて散策しました。
東側に素朴な集落があり
その付近は細い路地だらけでちょっとわかりにくいものの、
島を走るまっすぐな道に出てしまえばあとはマイペースでペダルをこぐだけ。

「神事を行う真性な場所」
   「民家もワンショットだけ・・」

道の両脇は亜熱帯の広葉樹が広がるジャングルです。
10月とはいえ 沖縄の日差しはきつい。
そのうえ、このように日陰のない一般道では
日差しがジリジリと皮膚に食い込んでくるようです。
ともかく暑っいです!

「アダンの実です。森のようにアダンがたくさん」

細長い島の西北側はサンゴ礁にかこまれ
とても美しい海が広がっています。
青くて緑でエメラルドグリーンで、深みのあるどこまでも透明な海が彼方までつづきます。
海と空と風、そしてひらひらと私の周りを舞う蝶たちのコラボレーションは、
強い日差しと共に、
にジンワリとしみこむような静かな思いをもたらしてくれます。

「10月の海・・」

この島そのものが神の領域である「久高島」ですが、
島内にもウタキと呼ばれる聖地がたくさん存在しています。
「簡単なイラスト地図」にはおおかたの場所が明記してありますが、
現場には何の表示もありません。
大体の所在を頭に入れて、漠然と進みますが、
不思議と
「ん?この辺は?」という見過ごしそうな獣道に分け入っていくと、
写真で見た、神事に使用した古い井戸であったり、水場であったりと、
複数のウタキにめぐり合うことができました。

「島を共にした相棒」
   「この下に井戸があります。ここもウタキ」

その中でも島最高のウタキといわれる有名な
「フボーウタキ」
ここは神人以外は島人でも入ることの出来ない場所です。
ここに限っては立て看板があり
「立ち入り禁止」の文章が丁寧に書き込まれています。
今まで誰とも会うことのなかった島の中、
ところがこの周りにはレンタル自転車が何台か駐輪しています。
しかし人がいない。
しばらく看板の前でたたずんでいると、なんとウタキからぞろぞろ人が出てくるのです。
ええええ!!!!
『立ち入り禁止』ってこれだけ書いてあるのに!!!
頭をかかえました。

「入らないで下さい。」

観光客として様々な地を訪れる場合、
「来訪者」であることを忘れてはいけないと切に思いました。
その土地の文化、風習は出来るだけ尊重するべきで、
ずかずかと踏み込むべきではないと。

心は乱れましたが気を取り直し、
人々が去ってから立て看板のところでお参りをさせていただき、
マイペースで散策再開です

「田舎道」

結局「フボーウタキ」以外では誰に会うことも無く、
どこに行っても私一人。
浜に下りても全てがプラベートビーチ状態。
見渡しても自然の気配しかしません。

「人はいません・・」
        「きれいだねえ。。。」

星の砂や、売り物のような美しい貝殻もたくさんみつけました。
しかし、
この島からは「小さな石ひとつも、貝殻も、葉っぱも、持ち出し禁止」です。
よく聞く
「持ち出した人に不運が訪れ、再び帰しに来た」という逸話。
真実かどうかは置いといて、
それほどの思いが全てのものに宿っているということです。
それをあえて持ち帰る必要もないし、きれいな記憶として刷り込んでおきました。

島の先っぽ。
集落や港と反対側は「カベール岬」

カベールへ続く真っ直ぐな道」

岬の向こうにニライカナイがあり、
神様はここから上陸するといわれています。

この島に来たら、私は何を神様に祈るんだろう、 何を言うのだろう。
と思っていたのですが。
そんなデリケートな神妙なものではありませんでした。
神様の島で、人も全く居なくて・・・
なんと(ああ、言うのもはずかしい)
両手を広げて「神様―!ありがとー!」と叫んでいました。
人っ子一人居ない状況なんて、そうそうないし・・・。

人は自分の生活スタイルとは全くかけ離れた土地に来ると、
特に自然の存在を見せつけられると
感謝の気持ちで一杯になるんだなあということを、
神様を目の前にして改めて感じました。

もっとこの島で時間を持ちたかった。
まわりに人間が、だーれもいない環境なんてめったにあるものではない。
そこで、ただただ自然の中だけで、
一人ゆっくりと存在してみたかった

「神様の浜。ここの海に入ってはいけません」

この小さな「神の島」で600年にも渡って行われてきた神事。
その歴史を大切に見守るためには、
現代の時代の流れとは逆行する部分も多くあるでしょう。
それを守るためには、島の発展をめざすこともできずに
若者は島を離れることを余儀なくされます。
でも、
時代にぽつんと残されたようなこの島のこの環境を、
大切な神事を、これからも守っていく方法はないものでしょうか。

一人旅ゆえに、
島の人ともゆっくりと話す機会もあり、
そんなことを考えてしまいました。
「神の島・久高島」次回はもっと時間をかけて訪れたい。
3件しかない島の民宿に泊まって、
自然のなか蝶とたわむれてシンプルな自分を見つめたい。

「ティーダギラギラ」

さて、本島に戻り、もう一つ行きたかった場所
「斎場御嶽」に足を運びました。
フェリーを降りた安座港からバスで3停留所くらい。

ここは世界遺産にも指定されている本島最高のウタキ。
久高島に降臨した「アマミキヨ」が国始めに開いた
本島最高のウタキとされています。
入り口には説明DVDの流れる受付もあったりして、
レンタカーもたくさん駐車していました。
でも、一歩なかに入ればやはり「ウタキ」
いくつもの「拝み所」を順番に回りますが、
やはりジャングルの中にある「拝み所」は空気がチーンと落ち着いています。
ひんやりと静かな空気で、
やはり参拝しながらも周りに誰かいるみたいな感覚が離れません。
屋久島でもそうでしたが、
「精霊」さんたちでもいらっしゃるのでしょうね。

王族しか踏み込めなかった道

最後はあの有名な絵ずら
「サングーイ」に参拝します。
ここは本島の人たちにとって昔からの大切な「拝み所」。
世界遺産になってから
「火気厳禁(お線香は焚かないでください)」の表示があちこちにありますが、
ちょうど私が訪れたとき、
お年寄りとその息子さんそして「ユタ」さんが拝みに。
沖縄独特の拝み方でしょう、
お米やお酒、お水などと共にやはりお線香もかかせない物のようです。
たくさんのお供物を並べて拝んでいらっしゃいました。
狭い「拝み所」ですので
見るとは無し、聞くとは無しに目にはいってしまいました。
申し訳ありません。

「大きな岩が自然に形成した
サ ンクーイ」

ここから「久高島」が望めます。
神の島を背に、大きな岩に向かって祈ります。
「久高島」を目にすることのできる場所は、
沖縄の人々にとって、特別に意味のある場所のようです。

この「斎場御嶽」そして「久高島」で共に感じたのは、
リゾートとは違う側面を持ったこのような場所では通常の観光地を訪れる以上に
「配慮が必要」だということ。
同じ訪問者としてはずかしいような、悲しいような場面に遭遇し、
「配慮してほしいなあ」と心底思いました。

「玉陵。王族のお墓です」
    「首里城にも行きました」

こんな私の「初沖縄」。
多くの地元の人に親切にしていただき
「ウチナンチュ」の器の大きさ優しさを感じると同時に、
「大和」の人間として、この島の悲劇に後ろめたいものを感じてしまうような、
やりきれない思いがめぐりました。
それでも沖縄の方々は手放しで受け入れてくれる。
人間も自然も素晴らしい島でした。
そしてここが「日本」であることに誇りさえ感じます。

「魚も南色」

独特の文化、価値観を大切にしている素敵な島沖縄。
再訪問したい。
それまでは今回感じた事柄をユックリと租借して次回にそなえたい、そう思っています。

「久高島」の詳細はこちら!

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